​作家・職人・コピーペースター

​手は口ほどにモノを言う

ここにアップした原稿は、2018年の秋に書いたものだ。ある人から、私が16年前に執筆・編集した『天ぷら「みかわ」名人の仕事』を北京語に翻訳し、中華人民共和国で出版したいと言われ、「ついては新原稿も入れたいので一筆お願いしたい」という依頼があり、それに応じたものである。

 

ところが、この原稿をメールで送ってから一言も感想がない。今回読み直してみたら、一部、自分でも意味不明の箇所があったが、翻訳者から何一つ質問が来なかったので、察するところ本稿はボツにされたのだろう。それよりも何よりも、当初2019年3月には出版したいと言ってきていたが、すでに6月である。この半年間、何一つ報告がないので、中国での出版そのものが立ち消えになった可能性がある。まったく中国はコンラッドの『闇の奥』だ。私には消息を追う意欲がない。

 本稿は「中国版発刊に寄せて――早乙女哲哉、この大それた人物」と題して、私が早乙女さんに聞き書きをした企図を改めて解説したものだ。ボツになったからモッタイナイというわけではないが、一から十までモノ作りについて語ったものなので、当サイトで有効活用することにした。(2019.6.4  由良直也)

                 

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『天ぷら「みかわ」名人の仕事』中国版発刊に寄せて

――早乙女哲哉、この大それた人物

本書のもとになった早乙女さんに対する聞き書きは、1999年から2001年にかけて、雑誌『料理王国』(料理王国社)で連載していたものだ。そもそもの連載名が「名人の原理」だったが、その終了後に別の出版社(プレジデント社)から声がかかり、加筆・修正して『天ぷら「みかわ」名人の仕事』という書名で発刊した。2003年のことである。

『料理王国』という雑誌は現在も日本に存在するが、私が知る限りにおいて版元が2度ほど変わり、その都度スタッフも入れ替わったので、誌名だけが継承された別人格の雑誌になっている。現在の『料理王国』についてはよく知るところではないが、「名人の原理」を連載していた当時の『料理王国』は、単なるグルメ情報誌ではなかった。内外の最新情報を追いかけつつも、テーマは料理文化そのものだった。読者は一般の人たちよりも、料理人や料理店経営者、食材の生産者といった人たち、あるいはその道のプロを志す人たちのほうが多かったかもしれない。そんな雑誌だった。

 

本書を少しでもお読みいただいた読者はすでにおわかりのように、早乙女さんは非常に舌鋒鋭く、唯我独尊の物言いである。必然的に「名人の原理」は、一部の料理人の不興を買った。私は直接見聞きしたわけではないので事実とは断定できないが、ある高名な和食の料理人から編集室へ「あんな好き放題を言わせておいていいのか」という苦情があったと聞く。

 

当時は少しばかり面倒な思いがしたが、今は、その料理人に対して申しわけないと思っている。早乙女さんの話は天ぷらに留まらず、料理全般や工芸などのモノ作り全般に至ったが、とにかく好き放題に語っているし、私もほとんどオフレコにすることなく書いたので、自分の仕事に誇りをもつプロならば、反発を感じるのは当然なことだった。それでも、早乙女さんの論が必要以上に独善的な印象を与えそうなときは、言葉を慎重に積み上げ、一見乱暴な物言いに見せつつも、論理には破綻がないように心掛けた。事実の裏付けがとれない話、自然科学的に根拠がなさそうな話はなるべく書かないようにした。

だが、人間というもの、一度癪に障ったら最後、論理は二の次になる。むしろ気に入らない相手が論理的に語れば語るほど、余計に腹が立つものだ。ユーモアを交えたつもりの表現も、不愉快な思いを倍加させることにしか役立たなかっただろう。仮にこの聞き書きを天ぷらの話に限定していたら、その料理人も看過したに違いないと思う。だが、私はそもそも天ぷらのハウツー本を作りたくて、早乙女さんの聞き書きを企画したわけではなかった。浮き彫りにしたかったのは、モノを作る人の精神構造。料理人の仕事を俎上にのせつつも、すべてのモノ作りに通じる哲学を提示したかったのだ。それが私にとっての「名人の原理」だった。

 

「哲学」というのはいささか大げさかもしれないが、私が早乙女さんと出会った90年代初頭は日本経済が長い冬に入った直後で、味気のないモノ作りが席捲しつつあった(今はもっとひどい状況である)。モノの内容は問わない。何よりコストを優先し、短期的に売り上げを見込めるものばかりを作りたがり、売りたがる。なおかつ失敗のリスクは負いたくない。完成までに時間もかけたくない。そんな連中は確信犯的なコピペに走る。すでに評価が確定しているもの、あるいは直近で売れた実績があるものを手っ取り早く真似るのだ。オリジナルにはあったかもしれない作者の哲学は、コピペによって骨抜きにされた。コピペは生産活動ではないばかりか、文化の破壊活動である。

編集やライターという私の領域で言えば、ネットが普及して以来、コピーライターならぬコピーペースターが爆発的に増殖した。コピーペースターは概して無邪気なコピペをする。せめて複数のサイトや文献を当たり、その情報をミックスして文章を構築すればいいのに、そうした手間をいっさい省き、たった1カ所からパクってくるので、記事の一部分をネット検索するとすぐにネタ元がばれてしまう。しかも、ネタ元が事実誤認を犯していても気が付かない。記述に疑問を抱くような知識や読解力もなく、人様が書いたものに誤謬があるはずはないと思っているほど能天気なのである。日本語の間違いにさえ気が付かない。

かくして事実に反する記事がコピペで拡散し、ついでにおかしな日本語も拡散し、この国の文化的な土壌を荒廃させていく。いくら誤謬であっても多勢に無勢で、事実に即したまともな記事のほうが冤罪を被り、修正を要求されたりすることもある(実際私は、そうした目に何度も遭ってきた)。まるでカフカの世界である。

とはいえ、こうしたコピーペースターたちの仕事ぶりを非難する気持ちはかなり昔に萎えた。一人二人批判したところでコピーペースターは次々と出現するし、今はただただ苦笑するばかりである。コピーペースターは、質よりも効率を重視する企業人たち――こういった企業人たちは、概して、なんらかの活字が印刷されていればそれでよしとする(もちろん、どこからも苦情が来ないという条件付きだけど)――に少ない餌で飼われ、がっちりと主従関係を結んでいるので、傍から何を言おうが蛙の面に小便なのだ。しかし、この人たちにぜひ聞いてみたいと思うことはある。自分の頭で書くことがそんなに嫌なら、どうして書く仕事を志望したのですか? と。本当にわからない。心底理解に苦しむのだ。

 

話を「名人」に戻すと、早乙女さんも料理の世界で、私と同様の疑問を感じていた。自分の仕事を言葉で語れない人は、自分の頭でモノを作れない人であり、「それはプロとは言えないんじゃないの?」と言ったのだ。名人言うところの「できちゃった料理」とは、きちんと頭で構築せずに材料の寄せ集めで作った料理を指す。あるいは調理との相性を考えず、ただただ奇を衒った食材を使用した料理を指す。その場合、焼く、蒸す、揚げる、茹でるといった調理法が食材にもたらす効果を熟知していないということにおいて、決定的にアマチュアなのである。ライターで言えば、意味を知らない言葉を使って文章を書こうとするようなものだ。

要するに早乙女さんは、本書において、ひどく当たり前のことを語ったにすぎないが、いつの時代も、当たり前のことを言うと必ず波風が立つ。だが、白状すると、私はこの波風を期待した。『料理王国』に苦情を言ってきたのは料理人だけだったが、実のところ料理業界の人たちだけを相手にしたかったわけではない。世の中の非クリエイティブなクリエイター、そして非クリエイティブなクリエイターを生かさず殺さず養い続けている人すべてに向けて、言葉の矢を放ちたかったのである。残念ながらこの矢は、多くの人たちには刺さった自覚さえ与えないものだった。非クリエイティブなクリエイターには、早乙女さんの話はたんに天ぷら談義にしか読めないし、天ぷら屋の親父が偉そうにしゃべったところで、自分たちにはまったく縁がない話だと思うのだ。

むしろ「痛い」と感じたのは、間違って矢が刺さってしまった本当にクリエイティブなクリエイターのほうだった。私の友人の陶芸家は、「この本は胸がドキドキして読めなくなる」と言った。その友人は早乙女さんのことを「絹糸をつむぐような繊細さを秘めながら、最後の瞬間では、ばっさりと鉈で断ち切るような仕事ぶり」と語り、同じモノ作りの立場からすると、その緊張感に耐えられなくなるというのである。

いずれにせよ、何も感じない人は、どこまでいっても感じない。かくして、非クリエイティブなクリエイターとクリエイティブなクリエイターの間には、ますます高い壁が築かれていく。

 

私が早乙女さんと初めて会ったのは1992年の早春である。そのとき私は、ある陶芸家の本を編集している最中だった。東京芸術大学の名誉教授だった故浅野陽さんの本である。浅野さんは、早乙女さんがまだ10代の修業時代にその才能をいち早く見抜き、独立後「みかわ」が一流店として名を馳せるようになるまで支えた人だ。本編の聞き書きでも、何度か名前が出てきた。もちろん浅野さんには天ぷらの技術に関して一家言あったわけではない。それでも早乙女さんに大きな影響を与えた。それは浅野さんが「陶芸の職人」ではなく、どこまでも「陶芸家」であったからだ。

 

「陶芸家」と「陶芸の職人」は、同じように器や壺を作っても、仕事の質がかなり違う。どちらが上ということではない。「陶芸家」は発想やオリジナリティをより強く求められ、「陶芸の職人」は技術力をより強く求められる。その違いである。「陶芸家」は作品を自己実現の道具とし、その結果として世の中に何らかのメッセージを発することになる。要するに「陶芸家」は「芸術家」である。一方で職人=クラフトマンの表現は、長年の経験値や確かな肉体運動の結晶であり、そこに何らかのメッセージ――例えば手仕事はときに機械を超えるといった普遍的なメッセージ――を読み取ることはできても、作り手のエゴはそこにはない。

浅野陽という陶芸家はまさにエゴイストだった。陶芸の世界では珍重される「窯変」や「自然釉」といった偶然性による美は認めず、自分が意図したように焼くことが真の陶芸家であるとした。そのため、不確定要素の多い薪窯は使わず、焼成温度がコントロールできる電気窯を拠り所とした。この場合、自分の意図通りに焼く技術を誇りたかったのではない。意図通りに焼くことで、作品に籠めたメッセージが変容することを嫌ったのだ。その分作品の多くは味気ないほどカジュアルで、ときには高価な値段と不釣り合いに見えたほどだった。

 

なおかつ浅野さんの場合、メッセージといっても思想的な要素は皆無だった。政治的な発言は言うに及ばず、当たり障りのない環境問題ですら、氏が語るのを聞いたことがない。好意的に解釈すれば、世事を語るのは野暮であると思っていたのかもしれないが、氏が本分としたのは、あくまでも使って楽しむ食器作りである。四季の変化を愛でたり、足元の暮らしに目を向けたりすることが、すなわち浅野作品のメッセージだった。

それでは職人の器となんら変わらないのではないかと思う人もいるだろうが、浅野さんの場合、常に盛り付ける料理を想定して器を作っていたところが「芸術」だった。鯛の刺身を盛る皿、若竹煮を盛る鉢、冷酒を味わうぐい呑みといった具合に楽しみ方を具体的に絞り込む。それぞれの食材や料理には旬があるから、冬の食材には生地が厚めのぽってりとした器がよいかもしれないし、夏の食材には凛として涼しげに見える器が合うかもしれない。わかりやすく言えば、そんなことを考えて作る。すると必然的に作風は多彩になり、その点だけでも、一途な職人仕事とは明らかに一線を画すようになる。

職人の器は、例えば染付(青花)なら、呉須の線の美しさや発色のよさ、濃淡の味わいなどを追求し、その器がどう使われるかは、作り手の関心の中心にはない。それはそれで潔い態度とも言えるが、技術だけを極めていくと、人外境に隠遁する仙人のように時代の空気とどんどんズレていく。つまり古臭い作品になっていく。その一方で、陶芸家が作る器は、現代的な匂いを漂わす器であって、しばしばユーモアやウイットをも感じさせる「文学的な器」である。そして、使い手(鑑賞者)と感性が共有されることで、初めて作品に輝かしい存在価値が見いだされる。一方で、クラフトマンの創作物は、世間の目に触れても、また触れなくても、「技術」という名の存在価値は大きく変わることはない。

ついでながら、クラフトワークが芸術に転じることもある。それは作り手ではなく、使い手がアーティストとして触媒になり、そもそもの創作物にはなかったメッセージ性や遊び心を付与することによって起こる。日本ではそれを「見立て」と呼ぶ。裏を返すと、芸術作品に「沈黙」はあり得ない。作ったものをすぐに廃棄してしまうならいざ知らず、人前に差し出すのなら、差し出す意味というものがあろう。逆に言えば、いくら作った本人が芸術だと主張しても、作品に籠めたメッセージを具体的な言葉に変換できない場合、それはどう言い逃れしても、なんとなくできてしまったものなのだ。そういう場合、親切な評論家が本人の代わりに何がしかの解釈を付与したりするのだが、それこそ鑑賞者を馬鹿にした茶番というものであろう。

本当にすぐれたアーティストは、自作を分析的に語ることができる。これは何も難しいことではない。食器を得意とする陶芸家なら、たとえば「ごはんをおいしくいただく茶碗です」とか「紹興酒を温めて飲むときに使ってほしい酒器です」とか、ただそれだけを語ってくれればいいのだ。もちろんこれは最初から意図して作った場合に限る。実のところ「ごはんをおいしく感じさせる茶碗とは何か?」ということをきちんと考えて作れる陶芸家は、100人のうち1人いるかどうかもわからない。100人のうち99人が無自覚に器を作り、無責任に使い手へ委ねるのだ。

たとえアクションペイントのように、美が偶然性に左右される芸術でも、その作法を選んだ理由を自ら分析的に語れるのがアーティストであって、何一つ語れない人は、結果として美しい作品が生まれたとしても、それは所詮ビギナーズラックというものである。子供の無邪気ないたずら描きと変わらない(子供のいたずら描きも、本質的にはアートであるという論もあるかもしれないが)。

さて、そろそろ結論を言うと、要するに早乙女さんの天ぷらも「芸術」なのである。それは、これまでの文脈で考えていただければおわかりになるだろう。浅野陽という早乙女さんの恩師を引き合いに出し、陶芸の話を長々としながらも、実はすべて早乙女さんの仕事の話をしていたつもりだ。

早乙女さんは若い頃、赤面症と言えるほどの自意識過剰の青年だったが、それがむしろ自己表現の原動力になった。典型的な芸術家の資質といってよく、そうした青年がたまたま料理の道に進んだだけだ。芸術家は必然的に伝統を壊す。それが表現というものであって、早乙女さんの場合、修業場所で得た天ぷらの技術を形式的に身に付けるのではなく、自ら理論を構築した。それは本編の聞き書きに詳しいのでここでは繰り返さないが、浅野陽さんが焼成温度をコントロールしやすい電気窯を使うこととつながる話だ。

また何よりも、自分の仕事を徹底して分析的に語れるだけでなく、無意識とも言える瞬間瞬間の身体の動きまでも意味のある所作として語れることが、卓越したアーティスト、つまり自ら進化していくアーティストには欠かせない能力である。そもそも自分の天ぷらが「作品」であることは、連載の初回ですでに早乙女さん自身が語っている。つまり、《あたしは天ぷら屋なんだけど、モノを作るということにおいてはみんな同じだ。寿司であろうと、フランス料理であろうと、あるいはやきものであろうと絵画であろうと、何ひとつ変わらないんだ》という発言によってである。

と同時に、それはけっして「大層なものではない」と早乙女さんは言う。天ぷらも寿司も、陶磁器も絵画も、人(客)がいい気分になるための手助けをするものであり、それ以上のものではないと語る。「いい気分」とは、充足感、幸福感、高揚感などと言い換えてもいいかもしれないが、しかしながら、実際にこうした気分を、一期一会の他者に実感させるのはけっして簡単な業ではない。「大層なものではない」と早乙女さんがあえて言ったのは、自己満足の作品で孤高の芸術家を気取る連中に卵を投げつけたかっただけだと私は思う。また、その取り巻きに対しても冷水を浴びせたかったのだろう。

早乙女さんが本当に言いたかったのは、料理も詩文も絵画も美術工芸も音楽も演劇も舞踏も、すべて同列の表現者=アーティストであるということだ。そして、どの分野においても真理と言えるのは、テクニックを極めたところで人の気持ちを動かせるとは限らないということである。「天ぷらなんて、4年か5年もやってりゃ誰だって揚げられるようになるさ」と早乙女さんが語っているのを私は何度も聞いたことがあるが、これは「教科書的な技術だけでは、人を感動させる天ぷらにはならない」ということを逆説的に語っている。

では、何が大事か? どうすれば、人を感動させる芸術品となりうるのか? ということを本書は一から十まで語っている。本書のこの意図に気が付かなかった人は、ぜひ最初の20頁だけでも読み返してほしい。しつこいようだが、「名人の原理」は、単純に天ぷらを上手に揚げる原理ではない。とはいえ、ほとんどの人が職人とアーティストの違いを普段の生活で意識しているわけではない。絵を描く人なら、たとえ街角の似顔描きでもアーティストであり、器を作る人なら、その作品の内容にかかわらず、たとえ重要無形文化財保持者でも職人と呼ぶのが一般の人だ。まして天ぷらが「芸術品」と言われてもまったく困惑するばかりだろう。

しかも現代は、猫も杓子もアーティストを自称するという状況なので、アートだ、アーティストだと言っても、むしろ職人のほうが高等ではないかという見方もあるかもしれない。日本においては「職人」という言葉には高潔なプロフェッショナルというイメージがあり、「守るべき伝統の継承者」というフィルターを通して人は見てくれる。早乙女さん場合、まさに「江戸前天ぷらの伝統を受け継ぐ名人」というわけで、世間の多少の誤解には目をつぶり、このイメージの枠内に留まっているほうがどれだけ生きやすいことか。

だからこそ早乙女さんの偉大さは、自らアーティストと名乗ったことにある。猫や杓子の類に見られるリスクがあっても、はたまた厚顔無恥に見られるリスクがあっても、「俺の天ぷらは芸術だ」と宣言したのだ。文化的な価値観の転倒という意味で、これはある種の革命である。そんな大それたことをした料理人は、かつて日本にはいなかった。

​坂本素行 作 象嵌珈琲碗
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