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近藤美知絵さんの自然茶をめぐって(1)

​●2005年9月

「おいしいお茶は、

​  石の味がするんですよ

白石和宏 作 手びねり急須
三代山田常山 作 朱泥湯冷まし
川瀬竹志 作 染付汲み出し
​関光典 作 黒漆茶托

山茶というものを知っていますか

この国に生まれ育った人なら誰でも煎茶や玉露といった緑茶の中に日本茶の真髄があると思っている。それなのに緑茶離れが進んでいるのはなぜだろう? ペットボトルの緑茶はよく売れているらしいが、ここで俎上に乗せるのは、言うまでもなく急須で淹れる緑茶のことである。今や煎茶専用の急須が家に1個もないという人も珍しくないと聞く。


かつて「茶は禅味」と言われた。簡略に翻訳すれば、ゆとりの精神である。お茶が自然の恵みである以上、本質はどうしてもそこに帰着するのであって、必然的に現代生活のリズムと合わなくなってきたことが悩ましい。そこでお茶作りの人たちは苦慮して、湯を注せばすぐに色や味を出す深蒸し茶や抹茶入り煎茶などを編み出したわけだが、本質をコアに据えていないものは飽きられるのが早く、新たな消費者を開拓する力も弱い。かくして煎茶専用の急須が日本の家から少しずつ消えていくことになった。そう思うのだ。


最初から結論じみたことを言ってしまった。つまり、おいしい緑茶を飲みたいなら、現代人が見失いつつあるゆとりの精神、ゆとりの時間を取り戻すにしかず。裏を返せば、日本のお茶の本質を手繰っていくことで、ゆとりとは何か? ということも見えてくる。


さて、我々が普段口にできる煎茶は十中八九「ヤブキタ」系の蒸し茶で、この中に手揉みの極上茶もあれば深蒸し茶もある。ヤブキタは明治の末期に静岡で生まれた改良品種で、収穫に安定性があり、戦後は農協の奨励もあって全国の茶畑を席巻した。現在は、この系譜の品種が日本茶の生産量のじつに90%以上も占めている。


茶人の近藤美知絵さんを知るまで残り10%のお茶について思いを巡らすことがなかった。迂闊であったと言わざるを得ない。

近藤さんは、わかりやすい肩書きで言うと「煎茶道」の先生ということになるが、自身では「道」という言葉を嫌い、弟子も置いていない。氏を慕う人たちと形式や作法に囚われない茶会を楽しみ、その一方で、ヤブキタ以前からあった在来種の自然な茶葉を求めて全国を歩き回ってきたという人だ。


では、自然な茶葉とは何か? 近藤さんによると、整地された茶畑で栽培されたものではなく、山間に自然な状態で生えている茶木から摘み取ったものだという。農薬はもちろん肥料も与えない。したがって根からは大地の養分を吸い上げ、葉の気孔からは澄んだ空気と露を吸い込み、それを旨みや香りとして溜め込むことになる。


こうしたお茶を総称して「山茶」という。九州や四国など主に西日本の山間部では今でも日常的に飲まれているものだ。蒸して製茶する場合もあるが、たいていは鉄釜で炒って手で揉み上げる「釜炒り茶」である。起源は定かではない。だが、茶木そのものについて言えば、非改良種であるという点において、800年前の栄西禅師や明恵上人の頃と限りなく近いDNAではないか。悠々たる時の流れを感じるお茶――これはぜひ飲んでみたい。

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坂本素行作 象嵌珈琲碗
​坂本素行 作 象嵌珈琲碗
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