全身漆芸家

二重作櫻、恩師の教えを胸に50年

「漆の命をいただく仕事です」

 

「採れたての漆って、蜜のような甘い香りがするんです。仕事をしているとアリが這い上がってくる。そういうときは、ああ、これはいい漆なんだって思う」

 

これは22年前に二重作櫻さんから聞いたことばだ。個展の案内状のためにインタビューをお願いしたのだが、今その原稿を読み直してみると、印象深いことばがいくつもある。こんなことばも聞いた。

​​

「漆の木は育成するのに10年以上かかるのに、採取できる樹液は茶碗1杯分。たったそれだけ掻き取ったら死んでしまうんですよ。人間でいえば血と同じ」

その当時からオブジェなどのアートを作る若手漆芸家が増えつつあり、暮らしの中で生きる漆器をライフワークとしてきた二重作さんとしては、ややさみしい思いを抱いていた。漆器には、手で触れ、唇でも触れてわかる温もりがあり、毎日使い続けることでどんどん深まっていく美しさもあるのだから。

2018年4月15日(日)~21日(土)に瑞玉ギャラリーで開催された「二重作櫻 漆のうつわ展」の出品作。
重箱の木地は秋田杉。内側には金箔だけでなく、紅葉や青海波の文様の和紙を張ってから漆をかけた。経年で隙間が空かないよう、縁にはすべて布着せを施してある。茶会などで生菓子を入れることを想定しているが、もちろん使い方は自由だ。
​手前、拭き漆の菓子皿には、中国の古代文字の金文で「陽」と「月」がそれぞれ書かれている。つまり日月。恩師磯矢阿伎良氏の本名が磯矢陽であることにもちなんでいるという。​

二重作 櫻(ふたえさく・さくら)

1943年、東京生まれ。両親とも洋画家で、本人も画家を志すが、父二重作龍夫の言葉で工芸の道を選ぶ。父自身はフランスでシュバリエ文化勲章を受勲している一級の画家だった。71年、東京芸術大学大学院工芸科漆芸専攻修了。在学中から磯矢阿伎良教授主宰の「朱文筵」の活動に参加する。73年より青梅市に移住。手塚俊明、戸枝恭子夫妻とともに、同工房の中心的な作家として用の美を旨とする漆器作りに専念してきた。ちなみに今回の瑞玉ギャラリーの個展では、父龍夫の遺作も展示する。

「以前、単身赴任の​方がおっしゃっていました。独り部屋に帰ると、漆の椀でお味噌汁をいただくことが心の支えになっていますって」

 

漆芸について基本的なことに触れると、アマチュア陶芸家は星の数ほどいても、アマチュア漆芸家は滅多にいない。それがこの分野の重さだ。漆器を1客仕上げるには30工程を超える仕事があり、伝統漆器の産地では職人の分業が確立されてきた。だから、塗師ではなく、研ぎ師でもなく、蒔絵師でもなく、「漆芸家」を名乗る場合、すべての工程を独りで背負うことになる。アマチュアが楽しみながらできることではない。二重作さんはそうした仕事を50年以上続けてきた。

​革新的だったからこそイノチガケ


東京芸術大学の大学院で磯矢阿伎良教授(のち名誉教授)に師事。実家は中野だったが、在学中から磯矢氏の自宅兼工房「朱文筵(しゅぶんえん)」のある青梅に通った。

 

磯矢氏が旨としたのは「暮らしに寄り添う漆器作り」。観賞用の美術工芸とも、ハレの日用の伝統漆器とも一線を画す。とはいえ、クラフトワークのような無名性とも性格を違える。作家が自ら意匠を練り上げた器。今を生きる作家が、今使ってほしい器である。

 

半世紀前、これは革新的だった。だが、まさに体を張る仕事だった。何しろ朱文筵では木地さえ自ら挽くことを基本としたのだ。さすがにすべてを完璧にやろうとすると体力的に無理があるので、数モノは見本だけ挽いて木地師に頼む。また、箱物は指物師や曲物師に頼む。しかし、二重作さんは今でも挽きたいものは自分で挽いている。

 

挽きもの用の原木の調達も大問題。林業の衰退で質のよい木が手に入りにくくなった。木地師や指物師も絶滅危惧の職種。国産漆の確保も含めて、何から何までイノチガケだ。これから先、若い漆芸家が同じ道を志すには、何より世の中の理解と支援が不可欠である。

 

4月15日からの瑞玉ギャラリーでの個展を前に、二重作さんはふと漏らした。「今回で都心で開く個展は最後になるかも……」

会場へ足を運んでくれる方への礼儀として、個展の会期中は、自宅のある青梅から毎日通うのが常だった。都心への往復は4時間。その体力に自信がなくなってきたのである。瑞玉ギャラリーで開く個展は6年ぶりだが、親交は40年に及ぶ。知り合ったのは同店の創成期。以来ずっと磯矢門下を支援し続けてくれたこのギャラリーで、活動にひと区切り付けようとしている。

 

しかし、漆器は作り続ける。これからは地元開催の展覧会に絞っていく。「どんな形でも本当の漆の姿を見せていきたい」と二重作さんは思っている。弟子も「来る者は拒まず」というのが一応のスタンスだ。​もちろん朱文筵の思想を継ぐのは茨の道である。いや、このままでは不可能な道とさえいえるだろう。だから、二重作さんに代わってあえて言う。日本人よ、漆を愛でる感性を呼び覚ませ!(2018.4.9   由良直也)

​これは筆者の私物。20年ほど前に買わせていただいた飯椀、汁椀、そして拭き漆の皿。この器で白いごはんを食べ、味噌汁を飲むのは誠に美味。食後に水洗いし、布巾で拭くのが楽しくてたまらない。そのたびに艶が増していくような気がするからである。
​坂本素行 作 象嵌珈琲碗
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