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玩物喪志の記

好文居主人

第3回 墨と紙

​その2 名経師の裏技、おこぼれ

右写真、軸装仕立ての色紙掛けは鈴木源吾作。色紙は高橋紘画。これを指す正式な名称があるのかもしれないが、用途と形で「軸装仕立て色紙掛け」としておく。

 

鈴木源吾さんは経師(表具師)で「現代の名工」に選定されている人である。平成4年『週刊朝日』の「現代の職人」シリーズで取り上げられ、切り抜きを作っていたので知っていたのだが、ある会合でご本人を紹介された。本サイト主が聞き書きをしている「天ぷらみかわ」の主人、早乙女哲哉氏の会である。他の出席者があまり興味を示さなかったせいかもしれないが、私が興味津々の体で話しを聞き、質問をしたりしたので、すっかり意気投合、というのは大げさながら、以後大変親しくなった。紙のこと、表具のこと、教えてもらうことが多く、話していて誠に楽しい方である。

 

そんな関係の中で、「こんなものを作った」と頂戴したのがこの色紙掛け。鈴木さんは文化財修復も手掛ける伝統的な表装の名手であるが、進取の気性があり、その創意工夫にいつも感心させられる。和風モダンというか、この色紙掛けも現代の家に違和感のないものを自ら考案した。この写真では亡くなった陶芸家の高橋紘さんの色紙を入れているが、ときどき手持ちの誰彼の色紙を入れ替えて楽しんでいる。

 

上写真の封筒(左)も鈴木さんにお世話になっているものである。私の場合、私信は筆で、と頑張っているわけだが、あるとき「筆用の通常の定型封筒は、和紙を扱う文具店にもあるけど、長角の定型最大の封筒は事務用しか売ってなくて」と言ったところ、「切り落としの紙が出るから、寸法さえ教えてくれたら作ってやるよ」というありがたい話を頂戴した。そして後日、紙見本のように多彩な和紙、細川紙、土佐和紙、越前和紙、特漉唐紙ほかで作った長角封筒が届いた。この封筒で送るときは、少し嫌味だが、手紙の最後に封筒の曰くを一言書き加え、相手に羨ましがらせながら利用させてもらっている。

最近また鈴木さんから面白い和紙を頂戴した。大福帳を漉き直した紙である。ところどころ墨跡が模様のように残っている。読み捨てられた古い和本は襖の下張りに使うので、都度手に入れられているということだが、大福帳もそもそも裏張り用に手に入れたものだという。鈴木さんは付き合いのある紙漉き職人に頼み、漉き直しの紙を作ってもらって、表具に使用しているそうだ。

墨色がそのまま染めついた濃い鼠色のものと、少し色の薄い鼠色の2種。上写真の背景の鼠色の紙は、大福帳漉き直しの紙そのものである。もう1点、これは漉き直しの紙ではないが、藍染で染めた紙。漉き直しの紙にはところどころ墨が模様のように飛んでいる。判読できそうな文字もある。また、漉き直しをする前の元の大福帳の見本紙1ページ分も付いていた。

私はその何枚かを使って帖を作った(写真右)。つまり、これは私の作品である。紙の大きさの都合で少し縦長(255×162ミリ)になってしまった。四ツ目綴じ(一般的な和綴じ本の綴じ方)ではますます本紙は縦長になってしまう。そこで男性週刊誌ではないけれど、袋綴じにし、糊で洋装本の無線綴じ風の背固めにした。表紙は鈴木さんが送ってくれた見本の大福帳をそのまま使って包(くる)んでみた。

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坂本素行作 象嵌珈琲碗
​坂本素行 作 象嵌珈琲碗
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