作品なのか、作品未満なのか
哲学する陶芸家◎坂本素行に初めてこんなに「やきもの」を訊く(2)

撮影 岡崎良一
ツートン古酒器 高14㎝
このエレガントで凛としたフォルム、東洋とも西洋ともつかない加修と色の組み合わせは、いかにも坂本さんらしい表現。

色ノ鉢 七寸 径21㎝
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色ノ鉢 七寸 径21㎝

酒器揃 高21㎝
かつて坂本青年に多大なる影響を与えた2書。当時とは違う版だけど。
陶芸家になったのは
大江健三郎のせい
◇何か教師になるものってありました? 刺激になったもの、触発された芸術とか。
◆ないなあ。俺ね、他のものはとりあえず全否定なんで。
◇他者は全否定?
◆うん。全否定なので触発されたものはありません(笑)。まあ、これはレトリックだけどさ、人の作品から触発されたという経験はおそらくないな。一番あるのは書評欄かな。
◇書評欄? 新聞の?
◆そう。映評とか、いいコラムとかさ。あ、そうだ。一番触発されたっていうのは、ハイデッガーの技術論だな。あとは大江健三郎の『日常生活の冒険』。この2つだね。他を全否定して自分はこっち、というのが、『日常生活の冒険』の主人公の斎木犀吉なんだよ。
◇あーそうなんですね。話がますます面白くなってきたぞ(笑)。
◆そもそも日産という一流企業を辞めて定収入を捨てたのも、大江健三郎のせいなんだ(笑)。斎木という主人公は全力で行って最後に自己破滅するんだよ。ボカーンって。
◇坂本さんは別に自己破滅したわけじゃないでしょ(笑)。
◆まあ、世間的には大それたことをしたやつという、そういうレッテルだよね。勤め先が、つまり日産自動車のテクニカルセンターっていうのが西荻から相模原に移動するぞって話になった。それで「弱ったのなあ、窯持って行くのも大変だしなあ」って思ったら、「やきもので食っていけばいいんじゃないか」ってなっちゃったんだよ。電車の中で。
◇あ、電車の中でね。
◆そんで、そういうことを一度思っちゃったら、自分を裏切るわけにはいかない。これは退職せざるを得ないじゃない? 食えるか食えないかはそんなこと知らないよ。とにかくやってみようって決断させたのは大江健三郎さんなんだよ(笑)。
◇日産に勤めている時代から窯持っていたんですか?
◆持ってたよ。
◇電気窯ですか?
◆いや、ガス窯。
◇えっ? 今と同じやつ?
◆いや、前のやつだけど。小さくはなかったよ。背丈くらいはあったな。
◇趣味にしては半端じゃない感じだったんですね。
◆だって会社もほとんど残業しないで帰ってきて、やきものやっていたんだからね。ここ(五日市)から西荻って2時間くらいかかるでしょ? うちに着くのは8時頃でさ。帰ってきて飯食って、9時からやきものやって、大体夜中の1時か2時まで作って、朝は5時半に起きて会社に行くという生活だった。
知識人のご近所さんと開いた
ハイデッガーの読書会
◇窯の問題以前に、辞めてもいいと思った理由がほかにあったわけでしょ? サラリーマン生活は満足いっていたんですか?
◆サラリーマン生活に満足できないからやきものやっていたわけじゃんね。要はさ、俺は手を動かしてモノを作りたかったの。
◇ああ。
◆車のデザイナーっていうのはさ、あんまり手を動かさないんだよ。
◇あれ、粘土の模型作って削ったりするんでしょ?
◆クレーモデルは削る人がちゃんといるの。素人には削れない。
◇設計図描くだけ?
◆設計図も描かないよ。それは別に設計図描く人がいるの。
◇じゃあデッサンみたいなこと?
◆うん、スケッチして5分の1のクレーを作るんだけど、それも仕上げはモデラ―が入るの。で、仕上げてくれるの。そのあとに生産展開。これがうんざりするほど細かいの。部品の設計図を描いて、この車にはこれがくっ付きます、なんていうのをやらなくちゃいけない。それに5分の1のクレーモデルを作ってもさ、どんどん変わっていくというか、変わらされていくんだよね。
◇まあ、まあ、まあ、そうでしょうね。どこの世界も同じだけど、とどのつまり個性が際立たないところに落ち着いていくわけですね。
◆そうだよ。ま、そういうこともあってやきものを始めたわけ。で、大いに楽しんでいたし、伝統工芸展に出して受かって、もう有頂天だよ。そんなときに、いきなり会社が移るから引っ越せなんて言われたわけで……。でもね、日産のために言っておくけど、会社自体はいいところでしたよ。非常にリベラルだったし、パワハラみたいなものもなかったし。
◇会社勤めの時代に伝統工芸展に入選したなんて初めて知りました。退社してからだと思ってましたよ。
◆そういう評価もないと辞めないよね。なんにも当てにはならないんだけどさ(笑)。
◇ただ、当時は今と比べて、やきものに未来がありそうだったわけでしょう?
◆うん、そうだったよね。
◇ハイデッガーの技術論はいつ読んだんですか?
◆会社辞めたあと。ほら、うちの近所に市井の哲学者がいるでしょ? 俺が日産を辞めたというのを聞いて、俺のとこに話しに来たんだよ。で、ハイデッガーの話になって、技術論というのはすごく面白そうなんだけど難しいからね、2人で読書会をやろうということになった。基本的には、ありとあらゆるものが構造を持っているという内容なんだけどね。
◇その構造を分析する面白さ?
◆そうだね。それと技術そのものが持つ力。技術論では「テクネー(テクニックの語源となったギリシア語)」っていうんだけどさ、要はそのテクネーが人間を挑発するという。
◇挑発する?
◆だから、一つの技術が生まれると次の技術を挑発して、次の技術がまた次の技術を挑発していく。テクネーの力が人間社会を支配しているから、少々倫理的な問題があったとしても新しい技術は必ず生まれるということですね。1人の技術者が1ついいものを作り上げると、テクネーがそれを取り込んで次のものを作り上げるという。
◇うん、なるほど。で、そのハイデッガーの論旨は、坂本さんのやきものとどういう関係が?
◆直接的には関係ないです。だけど、技術とはどういう性質のものかということは学んだし、自分の作品も必ずそういった連鎖の中から生まれるんだろうということを考えるきっかけになった。だから、単体の作品に論理的な計画性があるとは思えないわけよ。例えば野の花に感動してこれ作りました、なんていうのはウソだよなって思うわけ(笑)。

