​作品なのか、作品未満なのか

哲学する陶芸家坂本素行に初めてこんなに「やきもの」を訊く(3)

​撮影 岡崎良一

​白と黑ダイヤ柄壺 高18㎝
​細かなキューブを積んだ口縁のあしらいにご注目。一見ランダムに見えるが、濃やかな計算がある。「これは三上(亮)君作品にヒントを得た」と正直に語る坂本さんである。
​白と黑ダイヤ柄壺 高18.5㎝
​白と黑ダイヤ柄壺 高16.5㎝
​これです、別次元の3点。

現代アートは智略かもしれないが、

ときには智略を超える

 

◇これは何回も訊いてますが、20年ほど前に糖尿病を発症してからの「丹念な暮らし」で、私生活と作品がものすごく結び付いた部分があったんですよね?

あったね、それは。朝4時に起きてきちんと朝食作って仕事して、というのは、ホントきちんとやっていたと思うよ。

◇それでフローベールが遺したとされる箴言、つまり、規則正しい暮らしこそが独創的な創作の源になるということを実感したわけですよね。

ま、そうだね。あのときは大真面にそういう暮らし方をしていたと思うよ。

◇今は何かが違いますか?

生活自体の話で言うと、初めにきちんとやったおかげで今は自然に対処できるようになったと思う。最初はノートに付けてカロリー計算していたじゃん。料理はこだわって作っていた。それがだんだん慣れてきて、食べたいものを食べて、それでも自然と数値は保たれているわけ。今は結構自由自在なんだよな。

◇つまり、ますます仕事にエネルギーを注げるようになったということ?

エネルギーを注げるっていうかさ、年取ってきて体力がない。もう精一杯、それも休みなく作らないと、とてもとても個展なんかできないんだよ。だから、規則正しく暮らしているというよりも、とにかくベタで1年作り続けているわけね。ごはん作って仕事して、ごはん作って仕事して、というくり返し。判で押したような生活だから、時間が経つのが早いんだ(笑)。

◇年を取ると時間が経つのは早いもんですが、判を押したような生活だと余計早く感じるでしょうね(笑)。

それでね、最近思うのは、少し作品になってきたのかなってことだよね。

◇へえー、作品になってきた、ですか。

つまり、作品になるのとならないのと、そこには確かな境目があるような気がするんだよね。例えばね、これはきのう新聞の書評欄で読んだんだけど、美術と現代アートは別モンだと。美術っていうのは美を求めるんだけど、現代アートは智略なんだと。でも、智略に留まらない現代アートもあってね、それは何が違うかというと、例えば静物画を描くときに、ワインの瓶とリンゴとレモンをうまく並べると空気がすーっと澄むんだよ。その作用がなされているかいないかってことだと俺は思うんだよね。

◇なるほど、空気を変えるか変えないか?

そう。現代アートでもヨーゼフ・ボイスなんかを見ると、ポンピドゥーにピアノをフェルトで包んだやつがあるんだけど、それがシーンと静まり返った世界でさ、脳から何かを引き出されてしまうような感覚があったんだよね。静物の組み合わせ方や寄り方によって空気が澄むことがあって、それを人間が視覚的あるいは皮膚感覚で知ることができるということがあって、そういう作用を使って現代アートは、ただの智略ではない作品になるんじゃないか。オノ・ヨーコだと、天井から虫眼鏡が吊り下げられていて、その下に木の脚立があって、それをジョン・レノンが昇ってさ。

◇小さく「YES」と書いてあったというやつですね。

うん、それもやっぱり、智略を超えた美しい作品になっていると。そういうことなんだと思うんだよ。

◇作品なのか作品未満なのか、そこにちゃんと境目があるというのは面白いですね。

智略をボコンと出されても、それは作品にならないだろうってことだ。

◇デュシャンの便器は?

智略でしょう。でも、美術館に置いたら智略が作品になったんだよ。

◇まあ、あれはメッセージですよね。

メッセ―ジだけど作品化したんだね。フォンタナだってそうじゃん。キャンバスを切ったやつ。

◇あれも独りよがりじゃないわけですね? 空気を変えている。

そうそう。やきものにもそういう分かれ目があって、そこへやっとこさ目が行くようになったかなって感じがする。目が行くようになったというか、意識するようになったというか、作品にしたいという気持ちがすごく強くなったわけよ。

過去30年くらい

ここを目指してきたようにすら思う

◇作品になるかならないかということに若い陶芸家が気づいたとしても、どうしたら作品にすることが可能なのかと悩むでしょうね。だって方法論がないでしょう?

まずは模倣だよね。最初は模倣しかないだろうな。

◇それ以前の要素もありますよね。例えば育ちとか。

うん、育ちもあるよな。

◇日々何を考えているかということもあるでしょう?

頭で考えていても、そのまま作品化するわけじゃないしさ、それはもう作家の総体だよね。どんなものを作っても品のない人は品のないものになってしまうし、幼稚な人には幼稚なものしかできないしさ。こういうのって器の厚み1つにだって言えることなんだよね。技術を上げて薄く作ることができないとおしゃれなものにはならないとかね。

◇美意識だけでなく技術も伴うってことですね?

うん、同じ厚みに作るにしたってさ。

◇だけど、職人がいくら薄く作れても作品にはなり得ないでしょ? 職人を否定するわけじゃないですけど。

うん、そこも面白いよね。

◇それにしても、僕の中では坂本さんの作品はずっと「作品」だけど、坂本さんの中では違っていたんですねえ。

それはもう、まったく違う。どの辺りから違ってきたかは言わないけどさ(笑)。

◇えー? 当てたいな。21世紀になってからですか?

当然だよ。だから、もう10年早ければって思うんだけどね。

◇それは証明できない問題でしょう?

証明する必要はないんだよ。自分自身の納得だから。

◇窯から出した瞬間に感じることですか? これは作品になったというのは。

いやいやいや、まだまだ作っている最中だよ。

◇これはすごいものができるぞと思うわけですか?

それもちょっと違うね。

◇どういう感覚なんだろう? わかりやすく言うと。

作っててね、ある瞬間わかるときがあるんだよ。ほんの一瞬なんだよ。例えばロクロ挽いているときなんかに、ふっとわかる瞬間があって、それをつかまえるかどうかなんだよね。全体的なものじゃなくて、あくまでも部分なんだけど、つかまえたらそこめがけて作っていくんだよ。

◇おお、そういうことか。

通り過ぎちゃうときもあるの。そうすると、つかんだ瞬間に戻れなくなったりする。

◇僕も似たようなことがあるな。ある瞬間、何かをつかんで、早く結論まで書き終えたくなることが。

あるでしょ? 似てると思うよ。で、逃すこともあるんだよね。見えたものが脳の中に残っていると、いったん土をつぶしてから、改めてそこを目指すこともできるんだけど、忘れてしまったときには、どうやってもそこに戻れないし、まとまらないんだよね。

◇今回の案内状に使う壺(花を活けた写真のもの)は、それが見えた作品ですか?

うんうん、しかも9時間もロクロをやった挙句に完成した(笑)。途中でわかんなくなっちゃったけど、なんとか取り戻せたんだよね。

◇その、わからなくなっちゃったというのも、人にはわからない話ですよね。いや、深いなこれ(笑)。

このところずっと、カミさんと2人でNHKスペシャルのカラコルムのドキュメンタリー(銀嶺の空白地帯に挑む カラコルム・シスパーレ』)にハマっててね、毎日2回くらい見てるんだよ。で、この壺を作っているときは、シスパーレの絶壁を登っているような気分になってさ(笑)。テレビの中で登山家がね、「ここは頑張りどころだ」って口に出して言うんだ(初回放送の完全版にしかこの場面は出てこない)。モノを作るときにも、どっかに必ず頑張りどころがあるんだよね。たぶん人生にもあると思うけど、途中で折れずに「頑張りどころだ」と言って頑張る。そういう重要な瞬間があると思うよ。

◇今回は、この壺のようなモノトーンの作品が多いんですか?

いや、白黒のツートンは6点だけになりそう。試行錯誤の中で生まれたので、やむを得ないんだよね。色のあるものと対比させるにはもう少し作りたかったんだけど、でもまあ、今回は口に小さなキューブを飾った白黒の壺。この3点だけで自分としては充分満足なんです。

◇ものすごくモダンですよねえ。モダンなのはいつもながらのことだけど、今回は本当に驚くほどですよ。

そう? 俺自身も気に入っているけど、とくに案内状に使う壺は自信作ですよ。こんな経験は初めてなんだけど、俺自身を触発する何かをもっている。

◇自信作だなんて、坂本さんからナマのことばで聞くのは初めてですよ。

自分で言うのもなんだけど、この3点を改めて眺めてみると、別の次元に到達したような気がするんだよね。過去30年くらい、ここを目指してきたようにすら思えるんだ。

◇へえ、それはすごい。シスパーレですね。

うん、シスパーレ。

◇この壺を手に入れた人は幸運だな……というか、この3点が散逸しないようにまとめて買ってくれる人が現れて、後世美術館に並べて展示されるといいなあ。

それについてはさすがに、自分の口から「そうだね」とは言えません(笑)。

 
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​坂本素行 作 象嵌珈琲碗
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