●これまでに紹介した「シーボーン昭徳​」の逸品(3)

周知のとおり食品加工では、見栄えのよさや公平性などを優先するため、廃棄される部分がものすごく多い。消費者も自然の恵みに対してもっと大らかになれば安くおいしいもが食べられるし、実際ほとんどの消費者もそう思っているはずだが、つまらないクレームを言う人がいる限り、食べ物本来の豊かさを取り戻せない。

そんな中でシーボーン昭徳の隠れた人気商品がこれ。一定規格の切身を取ったあとに残る尻尾の部分をたっぷり1㎏箱詰めにした。名付けて「さわらのしっぽ君」。価格は税込み870円である。送料は別なので、唐津から例えば東京まで取り寄せると、合計で2000円は超えてしまうが、それでもお得感があるのは、この尻尾にサワラの上品なうまみが凝縮しているからである。塩焼きはもちろん、さっとフライにしてもいいし、オリーブオイルかバターで焼いてもいいし、骨がないので食べやすい。

この「さわらのしっぽ君」はシーボーン昭徳の買い物サイトに載っているので、品切れではない限り誰でも買うことができるが、単発的にこうしたメインストリートではない商品を売ることがある。その情報を入手するには、一度、同社の商品を買い、氏名、住所を登録することだ。そうすると定期的に「旬便り」というハガキ及びメールを送ってくれるようになる。例えば、2月下旬発送予定の「旬便り」では、頭と内臓を取ったアジを企画しているそうだ。ブリ大根に最適なカマなどもメインでは売らない。シーボーン昭徳のファンは「旬便り」で、いわば魚屋さんの味を楽しんでいるわけである。(2020年2月)

 【パクパクいわし】​​魚好きは頭の回転が早い

故人とは言え商品PRに実名を出すのは憚れるので、女流作家のUさんとさせていただくが、そのUさんは98歳まで元気に仕事をし、天寿を全うした。亡くなる10年ほど前、雑誌の取材で会う機会があり、健康の秘訣を聞くと、「私はね、毎朝イワシを食べているのよ」と言った。DHA(ドコサヘキサエン酸)、IPA(イコサペンタエン酸)はおろか、不飽和脂肪酸という言葉でさえ、人口に膾炙されていないころである。

そもそも、日本の魚の代表格は、マグロやサケではない。イワシ、アジ、サバといった大衆魚が食卓に復活しないかぎり、魚食の復活は望めないと思うのだが、アジ、サバはまだしも、イワシはまったく人気のない魚になってしまった。骨が面倒、子供が食べない、生臭いという点では、魚の中の魚だからだ。

15~16年ほど前、漁獲量が落ち込み、変に高くなったことも影響しているかもしれない。たしかにマイワシは漁獲量の波が大きいが、今現在は比較的安定している。2018年の統計では、サバ類に次いで2位の漁獲量である。近年の日本人の不合理さは、獲れているものを食べず、獲れていないものをわざわざ輸入して食べていることだ。

本品の原料は、シーボーン昭徳では珍しく九州産ではない。ブランド魚の「金太郎いわし」で知られる大阪・岸和田産である。サイズとしては小型だが、脂ののりは充分。頭と内臓をとって天日で干してあるので焼くだけで食べられる。小型の分、骨も案外気にならない。天ぷらや南蛮漬けなど、アレンジも楽しめるはずだ。

唯一、問題と言えるのは送料。たくさん注文しないかぎり、商品価格より高くなってしまう。そのためシーボーン昭徳のリピーターは、送料無料のセットを注文し、同時に送料有料の商品も付けてもらうのだそうだ。やっぱり魚を食べている人たちは、頭の回転が早い。(2020年3月)

コロナウイルスでロックダウンされる可能性があるからといって、食料を備蓄する必要はまったくないだろうが、どうせ備蓄するなら、これを選べといいたい。冷凍保存が効くし、調理は温めるだけだし、何より手料理でこのおいしさを味わうには、それなりの手間と人並み以上の味付けのセンスが必要だからだ。

九州近海のブリの旬は1~5月で、シーボーン昭徳が使うのは、例年3月初めに巻き網が始まった当初のブリ。ぎりぎり価格と身質のバランスを見て買い付ける。しかも10kg.以上の堂々とした成魚のみ。そのカマのうち、腹に近いほうの身の厚い部分だけをバンドソーでカットした。同社所長の塚原浩さんは言う。「やはり天然と養殖は歴然と味が違います。養殖のブリにはどうしても“養殖臭”を感じるんですよ」

食品添加物はいっさい使っていない。醤油は、慶応3年創業の老舗蔵・井上醤油(島根県)の「古式じょうゆ」(天然醸造丸大豆醤油)をはじめとする同蔵の3種を使用。みりんは、420年以上の歴史をもつ酒造・豊島屋本店(東京)が米と米麹だけで造った「天上みりん」。料理酒は、明治17年創業の都錦酒造(島根県)が五百万石の純米酒を醸して造った「みやこの料理酒」。凝り性の塚原さんが選び抜いたこれら綺羅星のごとき調味料のほか、粗糖、水飴を加えているだけである。

この極上の煮汁でやわらかく煮込んだカマは、脂がのった身と、トロリとしたゼラチン質の部分が口の中で溶け合って、まさに至福のうまさ。1月以来の鬱屈した気分をものの見事に晴らしてくれるのである。たとえ明日はわからなくても。(2020年4月)

sawara_kunsei.jpg

シーボーン昭徳の究極の干物である。サバとサワラがあり、本欄の第1回で取り上げたが、繰り返し紹介するのに値する美味である。干物はそもそもうまみを引き出す加工だが、燻製はうまみを凝縮しきる製法なので、究極の干物なのである。しかも、このサワラのうまみの余韻ときたら、どんなによくできたスモークサーモンであろうとも、けっして味わえない上品さだ。

原魚は五島沖産の寒サワラ。2~3月の旬の漁期でも、質のよい魚がまとまって揚がるのは数えるほどしかない。うまい魚にありがちな話だが、身質のわずかな差が味に響く。サワラは灰色っぽいものがよくあるが、それは水っぽいためであり、シーボーン昭徳が買い付けるサワラは、きめ濃やかな脂が身に入り込んでいるので白く見える。そのぶん、サワラにありがちな臭みがない。

調味料は、ドイツの岩塩アルペンザルツと三温糖のみ。国産の桜とブナのチップを使って香よく燻蒸していく。特徴はいわゆる“冷燻製法”。燻製としては低温度でじっくりと水分を抜いていくのである。そのぶん身はしっとりやわらか、そしてうまみが濃厚。シーボーン昭徳が地元唐津の燻製工房「燻や」とコラボレーションし、6年かけて作り上げた傑作なのである。

これはできる限り薄切りにするのが美味。そのまま酒の肴にするのはもちろんのこと、サラダ仕立ても格別だし、モッツァレッラのカプレーゼに添えて食べるのも、シーボーン昭徳のおすすめである。前回に続き、“在宅のごちそう第2弾”などと言うと顰蹙を買う向きもあろうが、キャベツ1個500円というコロナ物価の折り、この760円(税込み・送料別)はそれほど高くもないだろう。(2020年5月)

かつてバブルが崩壊したあと、経済優先主義から何か本質的なものへの回帰を期待したが、それは幻想だった。やって来たのは、砂漠のような経済優先主義だけだった。リスク回避のみみっちさは、そもそもこの国の精神風土に合っているのだろう。リーマン・ショック後も、大震災後も、パラダイムシフトが起きることはなかった。体制が考えることと言えば、たかだか2週間の「運動会」による経済浮揚――これ以上に古臭く、創造性に欠けた、みみっちいやり口があるだろうか。だから「コロナ後」などと言われても、何一つ期待できない。

さて、このカンパチの切身は90gで430円(税込み・送料別)だ。スーパーマーケットでは、養殖物でもめったに目にしないが、シーボーン昭徳だから、もちろん養殖物ではない。長崎県五島の南方沖などで漁獲された天然カンパチである。だから、この値段。そもそもカンパチを狙う漁はなく、運よく獲れるだけ。これはブリの巻き網に混じったものを1本単位で買い付けた。文字どおりの希少品なので、百貨店などの取引先のあるシーボーン昭徳でも、自社サイトでしか売っていない。いわば知られざる美味である。

カンパチと言えば、やはり寿司ネタが定番だが、ブリに似て、照り焼きやあら煮など、加熱料理の楽しみ方も様々ある。この商品はひと塩にしているので、シンプルに焼くだけで食べられるが、シーボーン昭徳のおすすめは椀種。煮崩れしにくく、なおかつ、ふわっとした食感を楽しめ、上品なうまみが口に広がる。コロナ後、さらにみみっちくなりそうな食卓にぜひ。けっして、ヤケのヤンパチではなく。(2020年6月)

namakiriaji_seaborn_edited.jpg

 【生切りアジ天日干し】今季のマアジは色っぽい(季節限定)

この5月、シーボーン昭徳の西木孝明さんからメールが来て、「今季のアジを送ったから食べてください」とある。まったくありがたい話だ。しかも届いた現物を見て驚いた。身がピンク色をしたアジの開きだったからである。今までこんな色してたっけ?

送ってくれたのは、今季獲ったばかりのマアジを一度も凍結せずに天日干しにしたもの。いわゆる「生切り」である。去年も紹介したが、シーボーン昭徳の季節限定商品だ。西木さんに色の話をすると、「もちろん、生切りだから新鮮な色をしているわけですけど、もう一つ、今年は食べているものが違ったからですね」と言う。

マアジは動物プランクトンや小魚、甲殻類などを食物としているが、そのなかで今年の九州産は、例年より甲殻類のアミエビを食べている傾向が強かったそうである。春から夏に向けて北上するアミエビが九州近海に比較的留まったことで、サケほどではないにしろ、身の色に影響が出たということだ。こうした毎年の変化こそが天然の魚の醍醐味である。

味のほうはどうかと言うと、印象としては非常に上品。身はしっとりやわらかである。シーボーン昭徳の船が鮮度維持に優れていることや生切りであることで、青魚のクセはまったくない。その中で、アミエビを食べて蓄積された身のうまみが際立つ。今季は総じて、身は太っていながらもカタは小さめだったそうだが、そもそもマアジは小体のほうが味はいいと、個人的には思っている。マアジに限った話ではないかもしれない。(2020年7月・8月)

gensaba1_seaborn.jpg

秋サバとも言い、寒サバとも言うので、元来、サバは北の海のイメージがあるだろう。ノルウェーサバや石巻の金華サバも然りである。しかし、それは思い込みにすぎない。じつは、九州近海産のマサバのうまさは日本屈指、いや、世界屈指だ。九州近海産と言っても、厳密にはシーボーン昭徳の目利きしたマサバのことである。中でもとくに厳選した同社の登録商標「玄さば」のうまさは比類ない。

 

とにもかくにも、シンプルに焼いて食べたとき、あるいは、しめさばに仕立てたとき、同社の「玄さば」以上のサバにお目にかかったことがないのである。もちろん筆者の狭い体験の範囲ではあるし、好みの問題でもあるが、九州の同業者からも一目置かれているのは事実だ。少なくともマイナス60度の冷凍庫で鮮度維持しているサバは滅多にない。

gensaba2_seaborn.jpg

ノルウェーサバも三陸サバも、脂ののりにおいては九州産のマサバを超えるものが多いが、牛肉で言うところの赤身のうまみに欠ける気がする。とくに三陸サバの脂質の高いものは、脂のくどさが口に残る傾向がある。要するに「カルビ」だ。対して、シーボーン昭徳のサバは上質な「ロース」。サラッとした脂がほんのり甘く、そこに身のうまみが重なって食べ飽きるということがない。まさに塩味だけで、それ以上の味付けは不要である。

 

9月から九州近海はマサバ漁の季節になるが、問題はこの10年来、不漁続きだということである。日韓漁業協定の不調がいちばんの理由だが、資源管理に問題があった可能性も多少あるかもしれない。いずれにしても、近年「玄さば」は、とんでもなく希少な味になっている。ノルウェーサバや金華サバが一番だと思っている人にぜひお試しいただきたい。もちろんカルビ好きはカルビ好きであるからして、とどのつまり、好みの問題にすぎないのかもしれないが。(2020年9月)

nitsukeset_seaborn.jpg

私の子供の頃、というのも昭和40年代の話だが、夕食のおかずは煮魚が多かった。北海道だから、イカやカスべ(エイ)、とりわけ多かったのはカレイで、プルーストではないが、夕暮れどきのわびしい情景とカレイの煮付けの匂いが記憶の中でセットになっている。たまにハタハタの煮付けが出てくるとうれしく思ったものだが、その他の煮魚には相当食べ飽きた。試しに本棚にある魯山人や吉田健一の食通本をめくってみたが、やはりというべきか、煮魚に触れた項は見当たらない。あまりにも日常的だったのだ、煮魚は。

それが今や、夕暮れどきに漂ってくる匂いと言えば、せいぜいニンニクか焼肉。言うまでもなく焼魚さえも匂ってこないが、焼魚より煮魚のほうがもっと作らなくなっていることは明白だ。12年ほど前、生協関係の仕事で20~40代の女性たちと話したことがあるが、10名前後の中に、さばの味噌煮を作ったことがある人がただの一人もいなかった。料理が決して得意ではない私でさえ何度も作ったことがあるというのに。

そんなわけで煮魚は、現代では「失われた時」ならぬ「失われたおふくろの味」。かつての日常食がひっくり返ってごちそうとなった。マアジ、マサバ、ブリかま、エボダイ、剣先イカという九州近海産の新鮮な魚介を素材にし、丸大豆醤油、天上みりん、都の料理酒、種子島の粗糖というこだわりの調味料を使って、至福の味わいに仕上げたこのセットなら、あの夕暮れどきのわびしさを記憶から見事に消し去ってくれることだろう。しかも、北海道と沖縄を除く地域では送料無料で届く。(2020年10月)

seaborn_tokusen_L.jpg

【昭徳 玄人特選ギフト?】?野蛮に満ちたこの世に抗うなら

当サイトの「隠れ哲学者T氏の『孤独と夜の人文学』を読む」にも書いたように、アドルノやホルクハイマーらのフランクフルト学派が言うには、文明が進化すると世界は野蛮になっていく。暴力的になっていく。今日11月4日、アメリカ大統領選のニュースを見ながら、暗澹たる気持ちでその言説を思い返していた。南部や中西部のトランプの支持者などは、牛肉しか食わない文字通りの野蛮人にすぎないけれど。

今、野蛮は世界中に瀰漫している。日本において高度成長期やバブル期が今より野蛮だったかというと、絶対にそんなことはない。児童虐待やいじめによる自殺、学校での暴力事件などは(あくまでも認知されたものに限るが)、現在のほうが件数は多いのだ。私はバブル崩壊後に蔓延した、ひたすらみみっちい、砂漠のような経済優先主義が影響していると見ている。みみっちい砂漠のような経済優先主義は、すぐに結果(極めて数値的な結果)が出ないものには投資はしない。まして失敗は許さない。個々人の思考、哲学、あえて言えば理想といったものは、みみっちい経済優先主義者の前では戯言にしか映らないのだ。

みみっちい経済優先主義者は、家庭生活においても、思考、哲学を許さない。10年以上前から水産加工の人から聞くが、魚を焼くことすら面倒に感じる人たちが増えているという。食事は簡単に済ませることができればそれに勝るものはなく、肉主体のフライパン料理、レトルト食品、レンジ調理の冷凍食品などが食卓を席捲する。家庭料理を面倒と思う砂漠のような経済優先主義者たちにとって、子供に与える食事は単なるエサである。そこには「命をいただく」という観念はない。かくして人はますます野蛮化する。学校でいじめを行っている子が、家で魚を骨まできれいに食べているとは思えない。自然を含むすべての他者に尊敬がないからである。

というわけで、今年のお歳暮もシーボーン昭徳の天日干しセットがおすすめである。もし、あなたの親戚、知人の中にこの味わい深いセットを心の底から喜んでくれる家庭があったとしたら、この野蛮に満ちた世界の中で、せめてもの救いを感じることができるだろう。(2020年11月)

shimesaba_seaborn.jpg

この秋、友人が故郷へ帰った。友人は胸に重い持病があり、このコロナ禍では会うにも会えず、とうとう食事をする約束を果たせないままだった。夏の終わりに1カ月ほど入院していたが、退院するとき主治医から、これ以上の一人暮らしは勧められないと忠告され、肉親のいる故郷へ転居することにしたのだ。友人は10年ほど前に夫人を亡くし、独居生活を余儀なくされていた。

友人は若い頃から食品関係の仕事に就き、定年まで勤め上げた。専門は水産で、シーボーン昭徳とも深い仲だった。シーボーン昭徳は、この友人の即断で大量の魚を買い付けたことが何度もある。何よりプロの目を100%信じる度量があり、いざとなったら責任を負う覚悟もあった。人より数字を信じ、人間関係では忖度漬けの組織の中で、友人の仕事ぶりは異彩を放っていた。だから、たいした出世はしなかった。

このしめさばは、当サイトで何度か紹介してきたが、友人がもっとも好きなシーボーン昭徳の一品である。純米酢、三河みりん、もろみを2年間熟成させた醤油など調味料にはこだわる一方、九州産の上質なマサバのうまみを最大限生かすため、余分な甘みを加えていない。要するに、消費者を忖度する味付けではないということだ。

年末年始のこの時期、水産の業者や小売店は、マグロ、エビ、カニ、イクラといった“ごちそう”を売りたがる。ちゃんとした仕事をする料理店のネタならともかく、小売りの半端なごちそうネタほどまずいものはない。これほど子供騙しの売り物はない。しかし、世の中は、半端であろうがなんだろうが、数字の出るものを売る者が出世する。

友人は、名ばかりの高級魚よりサバやアジを愛する。もろろん、単なるサバやアジではない。商品としての中身が濃く、いぶし銀のように光る、このしめさばのような味を愛する。私が友人を敬愛してやまないのも、文字通り、いぶし銀のような仕事をする人だったからだ。(2020年12月)

​前ページへ
​坂本素行 作 象嵌珈琲碗
●Google Chromでご覧ください