天ぷら名人が語る「使えるやきもの論」(1)

​●2003年3月

「なんでも盛れそうな器は

  なんにも盛れないのだ」

本稿は、料理人早乙女哲哉氏の仕事哲学を、私由良が聞き書きした『天ぷら「みかわ」名人の仕事』(発行元プレジデント社)から選んだ。本書はすでに絶版。アマゾンでは2018年3月6日現在、6383~8800円でユーズドが出品されている。人にやたらと配らず、たくさん抱えていればよかった!
三上亮 作  ビールジョッキ

見かけだけでは役に立たない

前にも言ったけど、私は17の頃から骨董屋さんに出入りしてたんだよね。それはやっぱし将来自分の店を持つというのがあったからね。自分の作りたい店の格好を紙に年じゅう書き留めていたし、玄関にはこんな絵を飾ってこんな雰囲気にする、というようなことを考えていたからさ。そうだよ、17、18の頃からさ。


店の名前も「みかわ」って、そんときから決めていた。祖父の代までやっていた「みかわや」という店の名前から取ったのね。「みかわや」ではちょっと古臭いから「みかわ」にしたわけ。要するにオレの実家は江戸時代の半ばくらいからずっと続いていた川魚料理屋で、私が生まれたときも家はそのまま、道具も食器も昔のものが残っていたんだよ。伊万里の皿とかね、平手造酒が担いでいるような貧乏徳利とかね。米櫃なんかも3斗くらい入るのが残っていたね。


で、そういう道具は、すっかり角が取れたような具合になっているわけでしょ? 使い込まれてもっとも道具らしい顔になった道具という感じだね。で、なぜかそういう道具ってきれいでしょ? それが骨董屋に行くと同じようものが並んでいるわけね。だから、給料をもらうと必ず骨董屋に行った。それで7割くらい使って、残りの3割で1ヵ月月間暮らすというようなことをしていたんだよ(笑)。


だから、自分で店始めるときには、12年間集めた骨董品を全部、店のなかに並べたんだよ。もう棚のなかは全部骨董品。漠然となんかの役に立つと思って買っておいたものも、なんとなく古くていいなあと思って買っていたものも、全部使えたのね。最初のうちにはそうやって骨董を自分なりに楽しんで使っていたんだよ。


だけど、いかんせん商売だからどんどん壊れてね、あっという間に数が足りなくなってきた。で、それに代わる、要するに遊びのある道具が欲しくなったんだけど、そうするとやっぱし普通の瀬戸物屋さんで売っている器だとねえ……。たしかに懐石膳のなかに収まる形ではよくできている。だけど、それ以上の広がりがないでしょう? 私の場合は最初から骨董品で遊んじゃったんで、それではほんとうに物足りなかったんだよ。


で、上野時代から知り合いだった陶芸家の人たちに、こっちからヒントを出したの。相手は作家だからね、こっちの要求どおりに作ってもらうわけにはいかないし、またそれもつまらないしね、こういう感じのものを使いたいんだよ、という程度のヒントを出した。で、それぞれの個展で買ってね、そうやって少しずつ作家モノが増えていった。


もちろん作家モノだからといっていいものばかりじゃないさ。例えばビールのコップだと昔から備前が有名でしょ? ま、別に陶器のコップでなくてもいいんだけどさ、泡が細かくできて、まろやかな味になって、しかも泡でうまみが逃げないという。だけどさ、あれはすぐカビが生えちゃうんだよ。そういった使い勝手までは踏み込んでいなかったんだね。


使い勝手と言うと、前にうちで使っていたコップがあったんだけどさ。京都の作家が作った染付のコップなんだけど、それはもう手の切れるような、すごく格好のいいやつだったのよ。白磁に染付のね。それが12客ビシッとそろってあった。


で、それを得意になって使っていたんだけどさ、磁器だから泡が大きくてすぐに消えちゃうの。ま、そこまではいいんだけど、染付のコップにビールが入って大きな泡が浮いているとさ、オマルに小便したあとみたいになっちゃうんだ(笑)。昔、やきものの便器があったでしょ? あれと同じ景色でさ、もーとてもじゃないけど汚い。だから、いくら格好がよくても実際に使ってみると、とんでもないものになることもあるんだよね。


それからいろいろと作家モノを使ってみたんだけど、やっぱし陶器だとカビが生える。で、それをなんとかクリアしなくちゃいけないと思ってね、三上(陶芸家三上亮)君に相談したんだね。いまから15年くらい前、三上君が東京芸大の陶芸科の助手だった時分だよ。土の粒子が表面に出ていながらもビールが染み込まないようにするにはどうしたらいいかってね。

 

結局、薄い釉薬をよく染み込ませて、それを拭き取るという方法ならいけるんじゃないかってことになった。それがいまのビールジョッキのハシリだよね。うん、陶器のビールジョッキの。15年前に三上君に作ってもらってから、日本橋の三越の美術部の連中が見に来たりして、ビールジョッキ展というのを始めたんだよ。まあ、要するにビールのコップ一つ取っても、道具というのはいかに難しいものかってことだよね。

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​坂本素行 作 象嵌珈琲碗
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