玩物喪志の記

好文居主人

第1回 硯

​その2 漆の硯、ガラスの硯

黒漆の小さな小函(14×8×高さ2.5センチ)の蓋を開けると板を刳り貫いて作った硯になっている。軽く、懐に入れ持ち歩くにはもってこいである。硯面は粒子の細かい砂を漆に混ぜて塗ってある。入手したまま使っていないが、指でなぞるといい感じで墨がおりることが分かる。この漆硯が中国で作られたものなのか、日本のものなのかはよくわからない。

漆硯を意識するようになったのはいつだったか。漆硯というものを知ったばかりの頃は、漆を固めて作るものだと思っていた。まだ漆の知識にも乏しく、知り合った漆工芸作家の工房に遊びに行くようになった頃、「漆硯というものがあるが、漆を固めて硯にできるか」などと質問した。そして、漆だけで何センチかの厚さに固めるのは不可能だとようやく理解した。

 

漆の層は何ミクロンの世界。漆は表面だけ硬化していって、中まで固めるのにはうん十年、うん百年の単位で時間がかかるということだ。そこで初めて、漆硯は硬い板に漆を塗って作ることを知った。

上記の硯とは直接関係ないが、『週刊朝日』が平成4年に「現代の職人」というシリーズを連載した。その中に漆硯を造る人物も入っていた。この記事で彼を知ったのが先だったか、もっと前にデパートの実演販売で彼を見かけ、話し込んだのが先だったか、よく覚えていない。唐木指物師だったが、この指物の研磨剤に新素材のファインセラミックを見出していたので、彼はそれを漆に混ぜ、硯面に塗り、現代漆硯を作り上げた。その硯をいくつか購入し、友人知人に差し上げたりもした。

上の硯は由水常雄作。氏はガラス工芸作家で文化史家である。由水氏が東京ガラス工芸研究所を立ち上げたとき、お祝いを兼ねて見学に出かけ、さまざまな技法の教室の案内を受けた。

その折、硯に凝っている時でもあったので、ガラスでできないかと質問した。ガラス面に凸凹があればいいので、磨りガラスでいいわけである。つまり、サンドブラストというのか、微粒子の砂(金剛砂)を吹き付けて曇りガラスにする。あるいは、フッ化水素か何かの薬品で表面を曇らせる。要はガラスの表面を傷つけて鋒が立てばいいわけである。

しかし、磨りの板ガラスではいかんせんさまにならないので、作品として作れないかと雑談の中で話した。その話を忘れた頃、彼の作品展が開かれ、中に1点硯があった。ガラス作品の製作技法の一つ、鋳型で作るパート・ドヴェール技法で作ったものだった。氏は古代メソポタミア時代のパート・ドヴェールの製作技法を復元していた。その手法で作った硯であった。

 

その後氏は硯を作ったのかどうか、このときだけの試作品かもしれない。ガラスの硯が欲しいという人は珍しく、需要はないかとも思われる。試しに墨をおろしてみたが、厚さのある分、磨り板ガラスより感触はよかった。だが、氏の作ったガラスの硯だということに意味があるので、それ以後は使っていない。

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​坂本素行 作 象嵌珈琲碗
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