この閉じられた世界から外へ出よう
金工の重要無形文化財保持者◎大角幸枝に訊く「工芸復興の可能性」(2)
南鐐吊花生「航行」
右下:前田正博作 色絵洋彩面取鉢
「大角幸枝× 前田正博 茶の湯のかたち展Ⅱ」(柿傳ギャラリー 2018年11月12日~18日開催)にて
錫打出水指 又は菓子器「雲海」
男が命賭けでやるのが
工芸だった
●工芸を志している若い人たちは、一体誰に向かって作っていったらいいのだろうということを悩んでいないですかね?
●うーん、どうですかねえ。誰に向かってというよりも、早い話、売れるものですよね。
●ま、そうですね(笑)。
●売れるってことは、何かのニーズがあるわけですから、そこを考えないわけにはいかないでしょう。
●今工芸は総体的に厳しいですよね。
●ええ、極めて厳しい。
●で、なぜ厳しいのかということですけども。
●それはやっぱり、手仕事を必要としないで生活が完結できるからですよ。大概のものは機械でできちゃうと。今日も人から言われましたよ。いずれ私がやっていることは、AIでできちゃうと。だから、私の技術をAIに渡せばいいんだと(笑)。
●で、何とお答えに?
●もう愕然というか、なんというか。人間は存在しなくてもいいんじゃないの? 究極はそうなります。人間が考えるようにAIも考えられるなら、あと残るのは感覚的なこと、触覚的なもの。しかも、そのいちばんシビアな部分しか人間には残っていないかもしれないなって思うんですよ。
●でも、それが工芸ですよね。触覚的なもののシビアな部分で勝負するというのが。
●工芸はあくまでも手から生まれるものだから、極めて人間的な創造物だと思うんですが……。でも、それもAIにできるかもしれないという、まったく未知の世界が始まっているんですよね。
●つまり、器に唇が触れる感覚とかもAIは数値化できるということですね。
●いや、数値化というのはまだ初歩的なことですよ。今のコンピュータと同じレベル。そうじゃなくて、もっと人間に近いものができるらしいです。そこらへんに行くと私も頭が飽和状態になって、どうしていいのかわからない(笑)。
●要するに感情は何か? ということになるかもしれませんね。モノを作る喜びをAIが持てれば、人間と同じと言っちゃ同じになりますが、でも、それはないと思うんです。
●ないと思うのは、今の私たちがアナログな人間だからであって、将来はわからないと言われたら、それは否定できないです。ま、どの道、私はその前に死ぬからいいんだけど(笑)。
●たしかに我々の想像が及ばないことは間違いないです。
●そうでなくても、今の若い人たちは大変ですよ。もう、ありとあらゆるものが既知のものであり、既視のものであり、新しいものを作るという幅が本当に狭まった感じがしますね。工芸だけでなく、すべての分野で。早い話、アルタミラの洞窟の絵を描いた人は、今の私たちに比べると、まったく原初のものを創造したわけですよね。そういった意味の創造のキャパが今の人たちにはない。新しい画家が描いたものでも、どっかで見たものばっかりでしょ? それを寄せ集めて新しい創造のように見せてはいるけども、実はソースがある。まったくのオリジナル、個性というものは極めて珍しいと思いますよ、今や。
●音楽もそうですよね。だいぶ前に久石譲さんにインタビューしたとき、近いうちに新しい譜面が書けなくなるかもしれないと言ってました。
●その意味では、日本の音楽って元来、譜面なんてなかったんですよね。
●あ、邦楽の話に戻るんですね(笑)。
●ええ、あれは口伝えだから数値化できないんですよね。譜面に書けないほど繊細。タテが緩急を自在に操って、それにみんな合わせて成り立つ世界ですから。そこらへんだろうな、AIに真似できないというのは(笑)。
●人間同士でしか伝えられない世界ですね。
●そう、工芸にも一子相伝があったんですが、そういうスタイルも消えちゃいましたよね。丁稚奉公なんて世界は今は無理(笑)。休みは欲しい、給料も人並みに欲しい。ご飯食べさせてあげるから、この技を身に付けろなんて言ってもねえ。
●昔は丁稚奉公からでも夢を持てたかもしれないけど、今は工芸の道に夢が持てないでしょう?
●一人前になっても食えないですからね。だから、ものすごく興味があって、ぞっこん惚れ込んじゃった人はその道に入るかもしれないけど、それでもなお途中で挫折する人は多いですよね。実際にそう。
●例えば、大角さんの母校の東京芸大に入ってくる子たちはどう思っているんでしょうね。
●さあ、今どきの学生は、私たちと人種が違うからわかりません。
●女性が多い感じがしますが。
●ええ。
●僕の業界もそうですよ。ライターは女ばっかりなんですよ(笑)。なぜか? 食えないからです。
●食えない世界でも、女性はまだ余裕があるから。
●こう言っちゃなんですが、結婚していて旦那が堅実な仕事に就いていたら、食えない世界でもなんとかやっていける。工芸もそういうところでしか残っていかないんじゃないかって思ってますけどね。
●でしょうね。私はあまりいいことだと思っていませんよ。男が命賭けてやるくらいじゃないといけないです、この世界は。
●書いてもいいですか?(笑)まあ、僕も正直そう思っています。
●それはもう、仕事は男の世界ですからね。だから、その世界が変質して、その肩代わりを今の女性がやっているところはありますよね。全部じゃないですけど。だから、女が元気っていうのは、そこらへんのレベルです。女性が工芸家になって家族を養えるかというと、それはまた別の話ですからね。
●ええ。これは女性蔑視ではなく、僕は社会構造のことを言っているつもりです。とどのつまり、モノを作らない連中、モノ作りの道理や感受性を理解できない連中がいちばん偉そうにしているのが気に入らないわけですよ(笑)。
●そう、モノを右から左へ動かしている人がいちばん儲けている。
●それからコピペの氾濫です。人が作ったものを平気でコピーする人たちが、モノ作りの価値を貶めている。僕は、そういう社会批判を工芸の話に託して書いているところがあるんですが、だけど、その一方で工芸は間もなく滅びるだろうなって思っています(笑)。
●それはつまり、人間が人間らしく生きられなくなったということだと思いますよ。そもそもホモ・ルーデンスですからね。それがお金だけで動いている。本物の職人気質や作家魂というものは、お金を超越しないと育ってこないですわね。こういう世の中だからこの程度のものしか作れない、というのはモノ作りとは違う世界です。
●ただ滅びないようにするには、自分たちの踏ん張りも必要だと思うんです。今、出版業界がまるでダメになっていますが、それはパソコンやネットの影響だけでなく、出版社が結局、マンガや袋綴じの世界に走ったからですね。踏ん張れなかったことが、今、ツケとして回ってきたんだと思っています。
●ええ。
●で、工芸もどこかそういうところがないかなと思って。
●そういう自己責任ですか?(笑)
●うーん、まあ、そうですね。先日、私のサイトを見たといって、美術系雑誌の編集者からメールがありましてね、仕事の話をしたいというのでちょっと会ってきたんですが、結局その雑誌は学芸員や評論家の原稿に占められていて、私の出る幕はない。で、率直に「学芸員の原稿って面白いですか?」って訊いたら、「いや、面白くないです」というんですよ(笑)。でも、「作家の皆さんは評論家や学芸員に書いてもらいたいと思っているんです」というんです。
●いや、私は少なくとも違うな。評論家で食べていけるのは、日本くらいのものでしょ? できたものに対して、どうたらこうたら書いて、それでお金になるなんて(笑)。ちゃんとした研究をして書くというのなら話は別ですけど。
●いずれにしても閉じられた世界といいますかね。工芸界でよく知られた評論家や学芸員に書いてもらうのが“工芸村”では価値を持つかもしれませんが、一般の人へアプローチするものではないですよね?
●ああ、そういう意味ですね。わかりました。それは書く人のレベルの問題ですよ。レベルの高い人なら、その工芸の重要性を一般の人に知らしめることができます。キラキラとした魅力的な文章を書く評論家や学芸員ならいいけども、肩書き以外何もない人の文章なんて誰も読まないでしょうね。
●まあ、失礼ながら生活感のない原稿が多いですよね。生活感というか、暮らしの中で生きるかどうかという視点がない原稿です。
●そうそう。それはちっともありがたくない原稿です(笑)。
●思うのは、作家も世の中にアプローチしようとしていないんじゃないかってことです。好きなものを作り、評論家や学芸員が褒めてくれればそれでいいというのでは、もうダメだなと。少なくとも評論家に書いてもらう前に、自ら語りかけることは必要ないですか?
●むしろ今は昔よりぺらぺらしゃべる人が増えたんじゃないですか? 作家であろうと、スポーツマンであろうと、やたらとしゃべるじゃない? 昔はしゃべらないで仕事を見てくれというのが流儀でしたよ。
●たしかに。だけど、今はそういう時代じゃないですから。
●今はそういう時代じゃないというのは、使い手との距離が遠いからですよ。何より工芸が生活の中に溶け込んでいないってことですよね。生活はほとんど工業デザイン製品で間に合っている。だから、よほど趣味があってお金にも余裕がある人が、こういうものを見に来るわけですよ。
●ま、それはそれでいいのかもしれないですが。
●そうですよ。私たちだってとてもマスな人たちを相手にできませんから。まして今回のようなお茶道具なんてね。
●安くはないですしねえ(笑)。
●そうですよ。だから、「生きている世界が違う」と言われちゃいますが、それも事実だから否定できません。
●あとはもう単純に価値観の違いですよね。だって、同じ値段でもヴィトンやエルメスのバッグなら買うわけですよ(笑)。
●そうね(笑)。一方で、お茶人口もどんどん減っている。で、高齢化しているし。