​この閉じられた世界から外へ出よう

金工の重要無形文化財保持者◎大角幸枝に訊く「工芸復興の可能性」(3)

​内銀張錫碗
​金彩錫盛器「飛雲」
「大角幸枝× 前田正博 茶の湯のかたち展Ⅱ」の案内状
​(柿傳ギャラリー 2018年11月12日~18日開催)

日本のメタルアートは

今、世界に理解されている

 

ということになると、日本人相手だけじゃなく、世界相手に作っていこうという道はありますね?

あります、あります。日本の人たちが興味ないなら、興味をもたれるところに持って行く以外にないじゃないですか。

そのためには、例えばドメスティックな「わび・さび」とかではなく、どこでも通用する美意識が求められるんじゃないですか?

いや、今や「わび・さび」自体が、日本人より海外で興味を持たれているわけですよ。

あ、そうですか。ご本に書かれているように、金は金でもいろいろある、幽玄を感じる金もある、というようなことも外国人に理解されていますか?

そうそう。だから、日本的な渋いマットな感触とか、微妙な色の違いに非常に興味があるようなんです。日本の工芸を研究したいと思ったり、日本の工芸品を使いたいと思っている人たちが少しずつ増えてきたから、その人のところへ行く。日本人は外からいいと言われたら、「おお、そうか」となるじゃないですか(笑)。若冲もそう。何事も逆輸入でしょ。日本人というのは自分で決められない人たちだから。トップからして。

その一方で今はクール・ジャパンなどと文化庁が言っているけど、海外からは「自分たちのことをクールというのは恥ずかしくないか」って言われているそうですよ(笑)。

ま、それだって外からどう見えるかっていう価値観でしょ? 私はそういうのは、お墨付き文化って言ってるんてす。誰かからお墨付きをいただくと、「おお、そうか」ってなるんですよ。それでいつも右往左往しているんです。

残念ながらそうですね。

やっぱり自信がない、この東海の小島の人たちは(笑)。大陸のいろんな人種、いろんな民族の中でもまれている感性と、単一民族だと思い込んでいるこの国の人たちの感性とは、それはすごく違います。ものすごく違うというのはね、中国生まれの先輩からよく聞くんですよ。この国は大人(たいじん)の国ではないと。小人の国だと。なんでも「おたくどうします? そうですか、じゃあそうしましょ」っていう、そういう世界なんですよ。徹頭徹尾そうなんですよ。だから包装にこだわる、お箱書きにこだわる。同じものを買うにも、三越の包装紙に包まれているほうがいいっていう(笑)。

さっきの評論家や学芸員に書いてもらいたいという話も、まさにそうですよね。

そう、しつこいようですが私は違う(笑)。まあ、とにかく本当に自信がない国ですよ。

大角さんはよく外国に行かれているようですが、日本の工芸に向けられている目というのは、結構ホットなんですか?

と思いますね。アートフェアでよく日本人の作品が展示されているようですから。

以前、某百貨店がパリで陶芸作家の展覧をよくやりましたよね?

ああ、あれは誰も見に来なかったんですね。

ええ、それを聞いていたんで、やっぱり日本の現代工芸は、海外ではダメなんだという印象があったんですよ。

あれはちょっと出島を作ったにすぎないんです。で、「パリで展覧会をやりましたよ」と言って日本で凱旋個展したんですよ(笑)。そういうお話を作って売るのが、昔から日本の商法だから。

ま、ま、そうですよね(笑)。じゃあ本気でパリやロンドンで見てもらいたい、買ってもらいたいと思ったら、その方法はありますか?

海外のアートフェアに積極的に出すことでしょう。実際、若い人たちはそういうことをもうやってますよ。若いといっても、30代40代の人たちですけど。

そうなんですね。寡聞にして知りませんでした。

私も外へ持って行きました。この国では見てはもらえないから。ロンドンで個展を2回やりましたけどね。

そのときは反応はどうでしたか? 売れました?

売れました。銀器はね(笑)。

銀器だけ?

だから、向こうの人たちだって興味を持つものと持たないものがあるわけですよ。ただ、私がやった頃よりは、今のほうが海外の人も知識が豊富になって、興味の幅は広がっていると思いますよ。

今はアメリカで竹細工がブームだそうですが。

そうそう。

あれは単に知られていなかっただけなんですかね?

そうですよ。知られていなかっただけ。

そうすると、日本国内で衰退しつつあるものでも、海外では興味を持ってもらえるものがあるかもしれないですね。

ええ、まだまだありますね。

竹細工だって、何でもいいというものでもないでしょうけど。

それはもちろん、成功の裏には緻密な仕事というのがあったと思うんですけど。

例えばイギリスにも鍛金という技術はあるんですか?

それは当然、世界中にあります。金属加工法の基本ですから。

そうすると、日本の鍛金とヨーロッパの鍛金では、何か違うことがありますか?

方法論が違うことは多いですね。些細なことで。例えば、のこぎりは引くのではなく、向こうの人は突き上げるように押すとか(笑)。

関谷先生は、「鍛金は鉄鎚だけで勝負しろ」とおっしゃっていたそうですが、それは日本独特の手法ですか?

日本独特というよりは、要するに鍛金と彫金は職種が分かれていたから、つまり違う職人がやっていたから、鍛金屋は鍛金で勝負しろということを言っていただけです。

ええ、そうなのかもしれないですが、ヨーロッパでは装飾性が強くないとわかってもらえないのかなあと思いまして。

だって、もっと古い時代には、鍛金は表の仕事ではなかったんですよ。

木地師みたいなものですね。

そうです。彫金師の下仕事みたいなもんだったんですよ。鋳物師も同じようなところがありますけど、だから、そういう意味で関谷先生は、鍛金を表舞台に出して作品として完成させようとしたわけで、すべてを金鎚で仕上げることにこだわったわけですよ。「鍛金師は、慣れていない鏨なんか使うな」と。でも、私は彫金から入ったので、その下地を自分でやろうとしただけなんです。

で、最後に布目象嵌という技法に至ったわけですね。

はい。

大角さんの作品をイギリスの人たちはどのように見たと思いますか?

やっぱり見た目が違いますからね、ヨーロッパの金工とは。何しろこっちは色味が多彩ですから。同じ銀でもピカピカではなく、わざわざ錆び付けしたり、そこに象嵌したり、そのあたりは独創的に見られたと思いますよ。

なるほど。

結局、金属に対する価値観が違うんですよね。

ああ、ご本にも書かれていましたね。何グラムいくらという世界だと。

ええ。換金価値のあるものが重要だったというのは、大陸の人たちは単一民族ではないから、そこで通用する価値が求められたわけですね。だから、日本人のように金の山吹色が美しいとか、銀の冴えわたった、水が流れているよう感じが美しいとか、そういった情緒的な感性で金属を見ることはなかった。

だけど、そこを見てくれるようになった、というのは面白いてすね。

ええ、そうですね。

日本ではちょっと飽和状態でも、まだまだ興味深い文化の出合いがあるということですね。

そう思います。

若い工芸家はそれを目指すしかないのかも。まあ、なかなか難しいでしょうけどね。他人事だから無責任なことを言ってしまいますが。

うーん、難しいです。世界がこんなに揺れ動いている時代ですから。

だけど、大角さんも世界に向けて発信していきますよね?

それはそうですね。

さっき前田(正博)さんが、メトロポリタンで自作が展示されているらしいって言ってましたよね。で、本人は何が展示されているかわかっていないようでしたが(笑)、もしメトロポリタンやヴィクトリア&アルバートに展示されるとしたら、大角さんの場合、コレだというものはありますか?

いや、そんなものないです。自信作なんてあった試しがない(笑)。

いちばんご自分らしい作品という意味ではどうですか?

それも変わってきますからね。過去の作品なんて他人の仕事みたいな感じです。

例えば今回の二人展では?

今回もわかりませんでした。

僕は、お茶碗が個人的にすごく好きです。

はい。茶碗は今回新しい試みだったので、広めたいとは思っているんですよ。

今回初の試みだったんですね。会期中、柿傳さんがお茶会を開いてくださったそうですが、評判はいかがでしたか?

よかったですよ。

そもそも美しいですよね。抹茶が映えそうです。

ええ、鏡のように見えますから。万華鏡のような感じで。

お茶も冷めにくいでしょうし。

ええ。まあ、お茶会にいらした皆さんにはすごく好評でしたが、お買い上げいただくところまではまだまだ(笑)。

うーん、そうですか。年末に宝くじが当たったら、私が買わせていただきます。

​前ページへ
​坂本素行 作 象嵌珈琲碗
●Google Chromでご覧ください

Copyright © Naoya Yura. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.

  • Facebook Social Icon